グローバル市場開拓ー不利すぎる状況から「本命企業」のM&Aを成功させるまで

─ 多くの日本企業が事業のグローバル化を推し進める中、フリークアウトグループもまた、グローバル市場での競争力を高め、そして「真にグローバルな企業」となるため、切磋琢磨している。積極的な事業拠点の拡大とM&Aを通して、現在15ヶ国で事業展開し、その売上高は、海外広告事業が国内広告事業を上回るまでになった。世界を舞台に活躍し、経営を担う「グローバル経営人材」の重要性と、その人材不足が多く語られている今。 フリークアウトの広告事業のグローバル経営メンバーである山根に、これまでの挑戦を振り返りながら、その向き合い方について聞く。


山根 賢(やまね けん)

FreakOut Pte. Ltd. Senior Vice President

2012年9月に当社へ入社し、DSPの市場拡大時期に国内Salesに従事する。その後コンサルタントとして大手クライアントを担当。
2015年4月より、国内子会社での新規事業立ち上げに伴い異動し、メディア広告マネタイズの支援を行う。
2016年6月より、台湾法人の代表に就任し、ネイティブ広告プラットフォーム事業の立ち上げに従事。その後、ベトナム、韓国法人の立ち上げを行いながら、M&A活動において台湾法人adGeek社の株式取得を遂行。
現在は当社広告事業のグローバル経営メンバーの一人として、既存ビジネス収益化のため体制構築、新規ビジネス開拓にあたり、日本以外の9ヶ国のビジネス責任者を務める。

─ 海外事業未経験から複数拠点を立ち上げ、現在9ヶ国のビジネスを統括している山根。専門知識やスキル、経験はなくとも、「本命企業」のM&Aを成功へと導き、海外事業を推進してきた。その源には、「予定調和を崩す」というスタンスから習得した、物事を広く俯瞰する視点と、固執しないオープンな判断力、柔軟な行動力があった。

チャレンジに関する考え方「予定調和は崩してしまえ」

振り返ればこれまで、ことごとく予定調和を崩すような人生選択をし続けてきました。容易に想像できる未来より、想像を超えるハプニングや苦労のなかに身を置いて、自分の枠を超えていくことが楽しく、そのような意思決定を続けています。

例えば、高校までは野球一筋で、大の本嫌い。長時間文字を追いかけて読む行為が嫌い、漫画を読むことさえも嫌い、宿題などでどうしても必要に迫られた時しか本は読めませんでした。そうした自分で作り上げていた縛りを取っ払いたくて、本嫌いの私には縁も所縁もなかった文学部ドイツ文学語学専修に進学し、留学しました。
就職活動の際は、「ノルマを負わされるサラリーマンは絶対嫌!」と感じていましたが、自分の思い込みだけで、やったこともないことに対して嫌だとか言っているのはダサいと思い、逆にそれが一番味わえそうな外資系の営業職に就職しました。外資系の比較的高収入なキャリアライフを得て、順風満帆だったのかもしれませんが、「ベンチャーにはこれ以上にダイナミックな世界が広がっているのでは。若いうちにチャレンジしたい!」と思い、人も少なく過酷そうだと感じたフリークアウトを選びました。
失敗や損をする可能性が高いような選択ばかりで、最近のAIでは絶対にこんな意思決定はしないでしょうね。

そうして、2012年9月にフリークアウトへ入社しました。
不確定要素が多く、また会社が急成長していた分、早いスピードの変化に対応し続けなければならないベンチャーの環境。業界未経験から入社しましたが、当時は皆とにかく多忙で、正直に言うと教育体制も万全ではなく、自ら学び、先輩を見て習う日々。DSPのサービスの価値もまだ市場は完全に体感している状態ではなかったので、それを発掘、証明しながら前に進んでいく必要がありました。
また、競合の参入や後続するDMPなど競争環境の変化も激しく、「予定調和を崩す」ようなチャレンジを続けてきた私にとっても飽きない環境でした。広告主側・メディア側の事業それぞれ、営業、コンサルと経験を積み、独身の身軽なうちに海外へのチャレンジをしたいという気持ちで、自ら海外事業へ手を挙げました。

当時は英語も中国語も十分に話せませんでしたが、これまでの広告主側、媒体社側のビジネス経験、DSPだけでなくDMPやNativeAdの日本市場での経験と理解には自信はありました。最低限の準備はしてきましたし、これまで何度も敢えて厳しい環境に身を置いて乗り越えてきたので、大きな不安はありませんでした。
そうして、人生でそれまで訪れたことのなかった台湾に拠点を開設し、グローバル市場開拓という新たなチャレンジを始めました。

─ 2016年6月台湾法人設立後、フリークアウトは、当時活動の中心であったアジア、つまりインターネット広告市場の高い成長率が見込めるマーケットにおいて、そのド真ん中のプレイヤーをグループに取り込み、相互補完しながら共に急成長していくためのM&Aを模索していた。海外広告市場では、大手広告代理店が積極的にM&Aを進めていた中、「フリークアウト」らしいM&Aへの挑戦とは。

狙うは、急成長のための「フリークアウト」らしい「本命企業」のM&A

台湾に人生で初めて来てから、早々にM&Aのためのソーシングを始めました。しかし、台湾の文化やマーケットに対する知識も浅く、どの会社が良いのかも全く分からないような状態。最も信頼していたFreakOut Taiwan立ち上げ当初からの社員2名に協力してもらい、まずは一定の条件を元にターゲットリストを作成するところから始めました。
そしてアプローチをする会社を絞る際に、3人で、「どの会社なら可能そうか」でなく「どの会社がベストか」、つまり「本命の会社」について話し合いました。その時に選んだのがadGeekで、そこから片想いは始まっていました。

adGeekの創業者は、元Yahoo TaiwanのCEOでありYahoo APACのVP、年齢も20歳近く上の大ベテランでした。当時のadGeekは30-40名ほどの会社ではあったものの、経営陣は業界経験10年以上、リーダークラスも元Yahoo Taiwanを中心にシニアクラス揃い、社名通りギークなテイストがありながらもビジネスは大人という、そんな雰囲気の会社でした。
事業に関しては、とにかくバランスがとれたプレイヤー。トレーディングデスク事業、メディアコンサルティング事業を軸に、デマンドサイド、サプライサイドともに抑えており、直接取引の顧客と代理店を通じた顧客をバランスよく持っていました。
今の主軸になっているマーケティングオートメーションプラットフォームの走りのようなものもすでに開発しており、まさに自分たちがないものを全て持っている。この会社とであれば、フリークアウトが手掛けるプロダクトビジネスが将来どのような形であっても、組んでメリットがある相手だと感じていました。

当時adGeekは設立後2年程で、台湾国内でのみ事業を行っており、グローバル展開を考え始めたくらいのフェーズ。まだ社としての具体的な将来のプランも持っておらず、急成長の真っ只中でした。
一般的に台湾の企業はグローバル展開を考えるとき、アメリカ、中国、日本の3つの市場を意識します。アメリカはそれなりのサイズや体力とテクノロジー、中国は独自のレギュレーションに沿ってビジネスをすることが求められ、日本については、日本人としかビジネスしないのでコネがないと厳しい、という考えを持っています。そういった背景もあり、海外展開を進めている日本企業のフリークアウトが、共にグローバルで成長していくためのパートナーを探している、ということに幸い興味を持ってもらうことができました。

フリークアウトは、アジア各市場ですでに先行してビジネスを行っていましたので、参入前の市場環境に関する情報提供から採用のサポート、パートナー紹介などあらゆる点で力になれることは、adGeekにとって魅力的だったと思います。
また、adGeek創業者は、社員の将来のキャリアや体験も重視しており、市場規模的にも小さい台湾だけでなく、グローバル市場で活躍できる環境を作りたいという思いを強く持っていました。フリークアウトからの期待値のベクトルが、台湾市場での成長だけではなく、グローバル市場の共創であった点。さらに、フリークアウトが独立系ベンダーという立場であり、adGeekのサービス提供範囲を縛らないスタイルが可能であった点。これらは、総合代理店を含む他社からの買収提案との大きな違いでした。

─ 話し合いを重ね、フリークアウトとadGeekが最適なパートナーとなり得るとの自信を増していったという山根。その一方、経験豊富で年齢も20歳近く上のadGeek経営陣に対して、その当時30歳の自身と設立3ヶ月のFreakOut Taiwan。個人としても台湾の企業としても、adGeekは格上すぎる相手であると同時に、言語やM&Aにおける経験の不足もあった。そういったマイナス要素が多い状態から「本命企業」のM&Aを成功させるため、3つの意識付けを徹底していたという。

不利な状況から「本命企業」のM&Aを成功させるために

1.初心者でも果敢、かつ慎重であれ。

私はM&Aに関しては全くの初心者でした。M&A自体はそんなに世の中で頻繁に起こることでもないので、横で誰かに教えてもらうことなどは期待せず、まずは動き出すことが大切です。自らソーシングから対象会社の経営者にアプローチ、交渉開始する。これをビビっていたら何も起こせません。
とはいえ、私は事業会社の一社員で、M&Aの隅々までを知り尽くしたプロフェッショナルではありません。また、M&Aは会社、経営者個人、社員の運命に大きな影響を与え、その交渉過程は非常にデリケートなものです。実際、対象会社のシェアホルダーも、会社を売り慣れているわけでもなく、諸条件がどうなのか不安に感じており、細かい質問も多くありました。回答次第では不信感を与え、手塩にかけて育てた会社を「こんな会社に任せたくない」と思わせてしまいます。即答できない質問に関しては、質問だけではなくその背景や期待値も合わせて確認するため、一旦持ち帰り共有、社内で議論・検討の上、丁寧に回答するようにしていました。

2.雑談は、交渉を左右しうる。

打ち合わせの場では、単なる交渉や説明だけではなく、いわゆる雑談を大切にしていました。同業者同士、お互いのビジネスに関して「なぜそれをやっているのか?」、「なぜこれはやらないの?」、「○○○についてどう思う?」など、あれこれと自分たちの事業経験や知識を織り交ぜた質問から雑談を重ねていきました。そうしたやりとりを通して、お互いの経営のタイプや思想、成功・失敗体験や、その度合いへの理解を深めていきました。
初回のミーティングからクロージングまでの9ヶ月間ほど、1-2週間に一回のペースで雑談を続けていくと、お互いの感覚の共通点や差異点がわかるようになり、仕事やそれ以外でも、スムーズに会話が進んでいくようになります。お互いに理解を深め、そのコミュニケーションから信頼関係を作り、その信頼が交渉の礎となったことは、非常に大きなものでした。

3.ディールブレイクを恐れない。

実はadGeekとは一度ディールブレイクとなったことがあります。理由はシンプルで、条件に合わなかったからです。これはお互いに起こりうることであると思いますが、時間をかけて歩み寄って、実現性が増してくると、「これで決めたい」という気持ちが増してきます。忘れがちなのですが、買い手は無理に買う必要はない、ということです。
買い手も売り手も、真剣勝負で交渉・協議して、ディールを進めていかなければなりません。本当に「決めたい」のであれば、これまでテーブルになかった選択肢をお互いが出すはずですし、もしなければブレイクでも良い、という覚悟が必要です。
これは、自らが買い手であるからこその一手だと思っていて、成功報酬型の仲介業者にはディールブレイクを避けようとするインセンティブが働くため、なかなかできない一手だと思っています。

「Kavalan」で誓ったパートナーシップ

試行錯誤を重ねてようやく迎えた終盤のトップ面談では、代表の本田と当時CFOの横山に台湾まで足を運んでもらい、最終プレゼンとなりました。この日絶対に両社合意できる自信があり、広告事業管掌役員の安倉も台湾に呼び出し、台湾のご当地ウイスキー「Kavalan」とグラスを人数分準備して会議室にこっそり持ち込んでいました。無事全員の同意を得たのち、グラスにウイスキーを注ぎ、本田からの“For gentleman’s agreement”という言葉で、マッドメンにでも出てきそうな最高の祝杯がキマりました。

祝杯をあげたとき、両社が納得のいく合意に至ったと実感し、素直に嬉しかったと同時に、これから目指す未来へのスタートでもあったので、気が引き締まる思いもありました。これはスタートで、両社のパートナーシップのもと、共にグローバルカンパニーとして飛躍していく。そういった気持ちを忘れないためにも、祝杯をあげた「Kavalan」の残りを、未来の乾杯用にadGeekのオフィスに今もキープしています。

真のグローバル企業として成長していくために

現在私は広告事業グローバル経営メンバーとして、adGeekを含むこれまでフリークアウトが築いてきたビジネスや、投資をしてきたビジネスをさらに収益化するための体制の構築と、新たなビジネス機会の創出に向けて意思決定しリードしていく役割を担っています。今年8月からは日本以外の9ヶ国のビジネスの責任者をしています。

9ヶ国のビジネスを統括するには、コミュニケーションコストを最小化し、スピーディーかつグローバルに組織を動かしていかなければなりません。グローバル経営に携わって、私が一番大切にしていることは、信頼関係・絆を深めていくことです。

人が人を信頼する基準なんて人それぞれ。世界で共通していることは、向き合ってコミュニケーションし、行動でも証明することです。
そうして小さな信頼を「人」と「人」として積み上げていくことで、あ・うんの呼吸が生まれ、コミュニケーションコストを最小化し、9ヶ国もあっても、市場環境が違っていても、英語がネイティブでなくても、スピーディーな意思疎通ができていると、まだ道半ばですが感じています。

また、信頼関係・絆を重視しているのは社内に限ったことでなく、社外の方々に対しても同じ気持ちです。信頼を置いてくれる、信頼が置けると感じる社外の方々へ、Giveしていきたいという気持ちがあり、積極的に情報共有をしたり、相談に乗ったり、ビジネスの提案をしています。
これまで、アジア各国のフルフィルメントサービスを展開している企業や、海外進出を検討している企業、Cool Japan Fundの方を六本木オフィスにお呼びしてミートアップイベントを開催したりもしました。

スマホやインターネットで情報収集がイージーになったとはいえ、割と重要な真実はネットにはなかったり、限られた情報から勘違いが起こりやすいと感じています。実体験をした人との会話から得られる情報はよりリアルで、より的確です。
だからこそ、これからも海外ビジネスの現状や自らの経験を発信し、できるだけ多くの方と共創できる機会を作っていきたいと考えています。

フリークアウトグループとして、グローバルカンパニーを目指すのは当然ですが、自社グループだけではなく、パートナー企業と健全なエコシステムを築き、切磋琢磨し、共に真のグローバルカンパニーを目指していきたい。
予定調和を崩して、既存の枠に囚われずに、人・会社が成長していけるよう努めていきたいと思っています。