数年前まで存在しなかった「アタリマエ」を創る。

「タクシー×動画広告」初期の逆境を乗り越え、スタンダードを確立するまで

─ 最近よく見かけるようになったタクシー後部座席のデジタルサイネージ広告。タクシー車内搭載のデジタルサイネージ広告事業を日本で初めて本格的に展開したのが、国内配車アプリ最大手のJapanTaxiとフリークアウト・ホールディングスの合弁会社IRIS(アイリス)だ。動画広告商品「Tokyo Prime」を開発・展開し、それまで「コンプレックス商材」のチラシで溢れていたタクシー広告を、“プレミアムメディア”へと置き換え、ニュースタンダードを確立するまでの先駆者としての道のりと今後の展望とは。IRIS 取締役COOの飽浦に聞く。


飽浦 尚(あくうら なお)

株式会社IRIS 取締役COO

2008年4月に株式会社インテージに入社し、消費財メーカーのマーケティング戦略支援業務に従事。
2014年1月当社に入社し、事業開発責任者、営業企画部門の責任者として製品開発や営業の組織化に携わる。
当社退社後、スタートアップ企業の経営に従事した後、2017年6月に株式会社IRIS取締役に就任。
IRIS社ではCOOとしてタクシー搭載デジタルサイネージ「Tokyo Prime」の事業拡大のために必要なオペレーションを組み立てて実行中。

─ 「30代からは経営者として働いていく」という強い意思のもと、一度はフリークアウトを退社し、経営者として別のチャレンジに進んだ飽浦 。その挑戦と失敗を経て、再チャレンジの場としてフリークアウトグループへ戻ってきた。飽浦が、タクシー搭載デジタルサイネージ広告事業のIRISで実現したいと感じた未来とは。

失望視していた広告業界に戻り、経営者として再挑戦する決意

経営者として一度失敗し、二度目のチャレンジを模索していたとき、フリークアウト在籍中にお世話になった溝口さん(当時 IRIS代表取締役副社長)と会う機会があり、IRISのタクシー後部座席向けのデジタルサイネージ広告事業の話を聞きました。

フリークアウトで広告事業に携わっていたときには、特にバナー領域に掲載されるものやオーバーレイするようなWeb動画広告は、ほとんど見られていないし、見られたとしてもウザい存在として認知されていたことに課題を感じていました。また、そういったスペースに名だたるブランド広告主が「デジタルシフトだ」といって、自社ブランドへの思いのこもった素晴らしい広告映像を流していた状況に残念な気持ちを覚えました。フリークアウト在籍中は残念ながらそういった課題を解決しきれず、「ブランディングをWeb広告で行うこと」を半ばあきらめて退職し、その後アパレルの在庫管理や決済システムを作る会社の経営にシフトしました。

そういった背景がある中でIRISの事業の話を聞いたとき、タクシーサイネージは「まず見るなコレは」という直感があり、このスペースをブランド広告主が安心して使える媒体にできれば、「本当の広告効果」を提供できるのではないかと思いました。タクシーという個室空間で、視認性が高く高精細な端末が目の前にあって動画が流れれば、「そりゃ見て覚えるよな」と。既存のWeb広告や屋外・交通広告にもここまでの条件が揃った媒体はありません。このプロダクトならフリークアウト在籍中に出来なかったことができるのかもしれない、という期待を直感的に感じ、その可能性に賭けてみたいなと思いました。

タクシーサイネージは、動画メディアの広告価値を規定する3つの要素全てが高い。

お世話になった溝口さんに恩を返したいという気持ちと、経営者として結果を出してリベンジしたいという気持ち、IRISの事業を通して「ブランド広告主に嘘偽りなく『本当の広告効果』を届けられる媒体をつくっていくことで、そのブランドをエンパワーメントしたい」という強い想いで、IRISの経営者として、広告事業に再び挑戦することを決めました。

受け入れられない「タクシー×動画広告」

そうして意気軒昂とIRISへ参画したものの、当時は全く広告が売れておらず、私が入社した2016年11月時点(2016年7月のローンチから4ヶ月経過)での売上はゼロの状態でした。「タクシー×動画広告」という存在そのものの認知がなく、広告主や代理店に提案しても反応が悪かったです。タクシー広告=コンプレックス商材のパンフレット、というイメージが根強く、そんな場所にブランド広告主が動画広告を出すというコンセプトは、広告主からも代理店からも受け入れられませんでした。

その状況下で、まず「Tokyo Prime」という広告商品の独自の価値を明確にし、初期ターゲットとなる広告主候補にひたすらメールを送ったり、テレアポしたり、Facebook上でメッセージを送ったりして、営業活動にフォーカスするところから始めました。

初期ターゲットとして、タクシー広告のイメージにバイアスのないベンチャー企業の広告主に絞ってアプローチしていました。このときにフラットに話を聞いてくれて「確かに広告を見そうだし面白そうだね」と言って、初期広告主として出稿していただいたのが、「paymo」のAnyPay社や「kurashiru」のdely社です。そういった広告主で事例を作り、徐々にBtoB系大手、BtoCナショナルクライアントに展開し、今日では業種問わず多くの大手企業にご利用いただける媒体となりました。

─ 事業開始初期に苦戦し、売上がゼロの状態でも「ブランド広告主をエンパワーメントする」というビジョンの実現に向け、決して妥協せずこだわり抜いたものとは。

先駆者だからこそーー目先の売上よりも、ビジョン実現のため

売上ゼロの黎明期でも、ブランドをエンパワーメントする媒体をつくる者として、「コンプレックス系商材NG」や「一部テレビCMよりも厳しい独自の考査基準」と「独自の広告フォーマット」へのこだわりは貫き通しました。これによってお叱りを受けたり辛いことも多々ありましたが、厳しい基準を曲げずに社員一同で乗り切ってきて本当に良かったなと思っています。

まず、“プレミアムメディア”として「Tokyo Prime」を確立していくため、コンプレックス商材のパンフレット撤去は必要不可欠でした。今では新たに「Tokyo Prime」に参画するタクシー会社や、他社サイネージを導入するタクシー会社がパンフレット全廃を進めるなど、東京ではチラシの付いたタクシーが少なくなるほどの変化が起きています。

映像審査についても、テレビCMよりも厳しい独自の考査基準を設け、「チープな印象を受ける映像は不可」という、広告業界の方であれば誰しもが「炎上するだろうな…」と思うような基準を創業当時から導入し、これまでその運用を徹底してきました。具体的には「アニメーションのみで構成された説明動画などはチープなのでNG」、といったものなのですが、運用当時はなかなかご理解いただけず、数多のお叱りをいただきました。ただ、この運用を厳格に行ったことで、資金力のあるBtoB系企業がテレビCMに匹敵するようなクオリティの広告映像をタクシーサイネージ用に作り始めたことは間違いなく、タクシーサイネージの媒体価値向上はもちろんのこと、BtoB系のクリエイティブの水準を底上げしたと考えています。

また、タクシーの乗車空間という特殊なタッチポイントに最適な、独自の広告フォーマットの開発にもこだわりました。「Tokyo Prime」では、料金メーターと連動して広告が流れ始め、流れる枠から順に3ブロックに分かれ、最初が長尺、残りの2ブロックが30秒で、3つ目のブロックがループする仕様になっています。そして、動画広告の後に5秒間静止画を掲載できる無償オプションを付けるといった広告の流れ方のフォーマットを提供しています。

「Tokyo Prime」の媒体資料より

当時の動画広告市場では、YouTube等で5秒程度の短尺の動画が主流になっていましたが、タクシー乗車中の視聴環境においては、60秒の動画を95%以上の完全視聴率で見ていただくことができました。このようなファクトデータを示しながら提案をしたことで、ストーリー性の高い広告映像の出稿がどんどん増えていきました。

長尺動画の流し先を探していたブランド広告主からは特に好まれ、その流れがBtoB系広告主にも派生し、それまで作っていたアニメーションの説明動画のような制作物から、タレントを起用したストーリー性のある動画広告を作るようになる、という変化も生まれました。

また、「エンドキャップ」といって、静止画を動画の後ろに挟むフォーマットを開発したことで、動画内にむやみにチラシ的に情報を増やしていく訴求が減り、そういった内容は後ろの静止画に集約し、本編動画がキレイに簡潔に伝わる内容のものにもなりました。

─広告プラットフォーマーが定めた新しいフォーマットが業界内に徐々に浸透していくと、広告のクリエイティブは、そのフォーマットに即したものに変容していく。IRISは、その広告プラットフォーマーの醍醐味ともいえる成果を作ってきたと言えるだろう。しかし、その背後では、基準を守り、スタンダードを築き上げることが、特に黎明期において、いかに困難であったかが伺い知れる。その後、2018年下半期あたりから、タクシーの後部座席向けのデジタルサイネージ広告事業への参入ベンダーが相次ぎ、デジタルサイネージ設置数の増加とともに市場は拡大、その注目も高まっていった。

新規参入企業との協調、他社を含めたスタンダード化へ

IRIS設立から二年ほど経った2018年下半期あたりから各社参入が相次ぎましたが、私は競合が進出してくるという情報をキャッチしてから、競合に敢えて「当社と全く同じフォーマットの媒体構成」になるように代理店経由で働きかけていました。

当社がコンプレックス商材の全廃を含め、媒体そのもののプレミアム化を地道に進めてきたこと、タクシーサイネージ広告としてふさわしいフォーマットを提供してきたこと、競合が参入する以前から徹底してきた動きが正しかったことで、このときの代理店経由での働きかけもスムーズに進みました。結果、競合が当社のフォーマットに合わせてくれる形となり、我々が徹底して取り組んでいたものが、業界のデファクトスタンダードとなりました。それによって、広告主は圧倒的に買いやすく、代理店は売りやすくなり、トータルの市場規模が拡大したため、当社の売上も伸びました。

参入してくる競合企業をむやみに敵対視してシェアの奪い合いをするのではなく、タクシーサイネージ市場自体を活性化させて売上を上げていく、シェアNo.1だからこそできる打ち手がうまく結果に繋がったと考えています。

より大きなテーマを通して、ブランド広告主をエンパワーメントする

今後はまず、日本のタクシーサイネージの全国制覇を成し遂げたいです。圧倒的No.1のポジションをこれから1〜2年のうちに作っていきたいですね。そこから先は、既存のリソースを活かした形で、「MaaS × 広告」「屋外・交通広告のデジタル化」など、大きなテーマに挑んでいきたいと考えています。一貫して「ブランド広告主をエンパワーメントする」というミッションのもとに活動し、大きな収益を上げていきたいです。

私自身のチャレンジとしては、既に会社の規模的にも未体験の領域に突入しており、今後経営者として体験していくことは未知の領域ばかりです。そういった状況でも億さず、IRISに参画した当初のチャレンジャーとしてのマインドを忘れず、謙虚な気持ちで大胆な打ち手を取り続けていきたいと思っています。今後のIRISに是非ご期待ください。